【第九章】 248 腕白空手
――技有リ?エエヨ別ニ…効イテヘンシ……。
雄拳の攻撃は激しいが、べつにキレて暴れている訳ではない。空手の
試合をしているのだ。だが、向かい合うのは審判ではない。技有りのやり
取りなど知らない…。
「雄拳!時間ないぞ!倒せーっ!!」
――アア、オ父…ソヤンナ……。ゆっくり歩き出し、ドン!加速する。
ガッ!ゴッ!バァン!!突き、蹴り、突く。東原が下がる。ビシュッ!パックプロー。
豪快な空振りだが、ギャラリーがどよめく。綺麗なフォームではないが、当たれば
倒れるのが分かるからだ。
あと数歩で場外という位置で、東原が動きを止めた。
雄拳もこれに応える。足を止め、スタンスをやや拡げ、両腕を下げる。最後の一手
は決まった。フェイントもクソもない。右ミドル…。予告ホームランならぬ予告ミドルだ。
もちろん東原もソレを察知した。――アノ蹴リガ…来ル……。まだダメージの残る
腹を締める。
杉小の三人も陽平も、一瞬息を呑む。雄拳の構えの意味が解るのだ。
左足の踏み込み、肩の回旋、腰の捻り。身体の各部が有機的に連動し、
風が起きた!!
アルマジロのように身体を丸めた東原が、ピクッと動く。
ドムゥッという鈍く重い音と、パンという高くて硬い音が重なった。雄拳はすぐさま
足を引き、なおもパンチを…。
――止めえッ!!主審が叫び声とともに、身体ごと二人の間に割り込んだ。
――時間ですッ!!タイムキーパーが叫ぶ。
ババッ!四人の副審の旗は、赤白二本ずつ、真っ二つに割れた。主審がぐるっと
周囲を見る。
束の間、音が消えた…。
「白、上段突き技有りィッ!2対1、白、優勝!」
主審が拳で差したのは、東原だった。相打ちのパンチを取ったのだ。ドッ、と
ギャラリーが湧く。拍手だ。それはまるで、試合の激しさに感応しているかの
ように盛大だった。
「ええっ!?なんべん雄ちゃんの技有り見逃すねん!あの主審!!」
トシキがクレームをつける。
闘った二人が礼を終え、踵を返す。英二は雄拳を見た。一瞬クソッという表情を
見せたが、直後に笑顔がとってかわる。
――そらそおやろ……。最初から最後まで、思い通りの試合をやったのだ。
去っていく東原は背中が丸い。列に戻ると彼は、両膝からストンと床に落ちた。
――あっ!?…気のせいか?…いやっ……。
東原の隣り、すでに試合を終えて座っていた坂本海星が、優勝した東原ではなく、
雄拳の背中を見つめていたのだ。
――なんか…オモロなってきたやん……。英二は雄拳に視線を戻し、笑った。
すべての試合が終わった。
雄拳は決勝で敗れたが、今日の四年生重量級で一番強かったのはお前だ、と
英二は思う。
――そやけどまだ…キナミも坂本クンもおるもんな……。
「オッチャン。…雄ちゃん強かったな…」
小柄な陽平が、英二を見上げて言う。
「ああ、エエ試合やった…」
「やっぱオレも組手したい…いつか、できるかな?」
陽平は、いつか雄拳にしたのと同じ問いを英二に向けた。
「うん…、それは分からん。…そやけど、できたらエエな…」
親子で同じ答えだと陽平は思った。できるかどうか分からない…。だが、
それでいい…。
返事のかわりに陽平は微笑み、驚くほど澄んだ眼を英二に向けた。
・・・続く
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