【第十章】 256 壁と山
「雄ちゃん!オレのこの嬉しそうな顔、なんでや思う?」
二月の昼休み。外はキンとした寒さだが、よく晴れている。だが、雄拳たちは
教室に留まっていた。寒さが嫌で外に出ないのではない。原因は光宏だ。
「めんどクサイなあ、お前…。朝からずっとソレゆーてるやん。なに?」
雄拳がウンザリした顔で訊く。
「いや、オレ二時間目から来たやろ。
その後カエル婆に呼び出されたから、時間なかってん」
言い訳をする光宏の顔が、ずっとニヤついている。
「いっこゆーたろか。お前の嬉しそうな顔、エロいねん」
イッシンがニコリともせず、苦い顔でつぶやいた。
「分かった、分かった、ゆうわ。サイモンの新しいカードポン、知ってるよね?皆さん」
「知ってるよ。“暗黒の邪王神-VOL.11”やろ。
今日発売やから、みんなでカドヤ行くねやん」
ケイゴが皆を代表して答えた。
「そう。この辺は田舎やから…。大阪市内では一足早く、昨日発売でしたあ〜」
――え゛え゛っ!?雄拳、ケイゴ、イッシン、マサキが、
ほぼ同時に似たような声を上げた。
皆の注目を一身に浴び、光宏が自分の机の中に手を入れた。
「ほらね
」
光宏は、上に向けた左右の手のひらを、持ち上げてみせる。カードだ。
片手に一枚ずつ、カードが乗っている。
「うわあーーッ!何ソレッ!?」
「ソレ、アレやろ!?」
「ウソオーーーッ!!」
皆が悲鳴に近い叫び声を上げる。それは普通のカードではなかった。左手の
一枚は虹色に光り、右手の一枚は金色に輝いている。
「そうです。こっちがブルテリモンのウルレアで、こっちが噂の新登場!!
ジャオウモンの※シークレットレア、ゴールドエッチング仕様!!」
――うわあぁぁ……。皆がため息とともにカードを見る。そこに称讃や祝福の
色はない。あるのは羨望と嫉妬と落胆…。
何も光宏に先を越されたからといって、落胆することはなさそうだが、事はそう
単純ではない。“誰がソレを一番に出すのか?”という、これからしばらくは続く
はずだった楽しみを、理不尽に奪われたのだ。
「でも…昨日一回やっただけやろ?」
「いや、それがな。カーさんが意地なって、二千円分以上やったから……」
一瞬、場を沈黙が支配する。
「…なんかソレ、反則っぽない?」
ケイゴが真顔でつぶやいた時、廊下側の窓が音を立てて開いた。
「うわわっ!!」
光宏が、慌ててカードを机の中に隠した。
「雄ちゃーーん!ちょっと……」
窓から顔をのぞかせたのは、隣りのクラスのチュウ、こと、末松 有だった。
「ビックリするやろーーッ!チュウ!!」
チュウは叫ぶ光宏を無視して、雄拳に向かって手招きする。
「おう、なに?」
雄拳が席を立つ。ちょうどいい…。もうすこしカードを見てみたい、とも思ったが、
なんだかそれも口惜しい。気分を変えたかった。
「ちょっと話あんねん。大事な話…。こっち来て」
雄拳が廊下に出ると、チュウは背中を向けて歩き出す。トイレの前を過ぎ、
人気のない渡り廊下の隅で、足を止めた。
「なに、なに、話って、そや!チュウ知ってる?ミッチャンが……」
「ああ、サイモンやろ?ちゃうねん。もっと大事な話…。ビックリやで……」
――ああ……。だが雄拳には正直、さっきのサイモンショックを越える
話であるとは思えない。
「…ゆうで…。あんな、佐倉な……雄ちゃんの事好きやで」
瞬間、時間が止まった。喉の奥でキュッと音がした。本当に息を呑んだのだ。
今、言葉を聴いて理解したはずなのに、その言葉をうまく頭の中に並べられない。
雄拳の頭の中から、あれほど好きだったサイモンが、跡形もなく消え失せていた。
・・・続く
※シークレットレア=カードや食玩などで、もっとも当たりにくい希少なアイテム。
ちなみにゴールドエッチングとは、特殊な箔押し印刷で、箔押し面が鏡面のよ
うに光る。
★ランキングの応援感謝します。今後とも宜しくです。
下の赤い長方形をなにとぞポチッとお願いします。 英二








